ドイツ人家庭で味わうクリスマス

ドイツ人家庭で味わうクリスマス

このブログでも何度か紹介している知人のフレンツェルさん夫妻(ウリさんとウラさん)を12月に訪ねる際、毎回楽しみにしているのがクリスマス用の種々のお菓子を出してくださること。紅茶をいただきながら、これらのお菓子を味わうのは…

10年目の出会いと別れ

10年目の出会いと別れ

少し前になりますが、ベルリンでずっとお世話になっているドイツ人の家族と出会ってからちょうど10年が経ち、この夏にお祝いの食事会をしました。私がまだベルリンに来て間もない2001年初頭、語学学校で知り合った日本人の友達がこ…

眞峯紀一郎さんインタビュー - 9/9のチャリティーコンサート -

眞峯紀一郎さんインタビュー – 9/9のチャリティーコンサート –

9月9日、ベルリンのカイザー・ヴィルヘルム記念教会で、東日本大震災のチャリティーコンサートが開催される。ベルリンのプロオーケストラに在籍する約15人の日本人音楽家が一同に会するという初めての試みだ。このコンサートのまとめ…

マルティン・レーアさんの授章式@日本大使館

マルティン・レーアさんの授章式@日本大使館

4月にインタビューをさせていただいた知人のマルティン・レーアさんが、この度日本政府から勲章を受章された。個人的にもとてもうれしい出来事だったので、ここでご紹介させていただきたいと思う。 関連記事: マルティン・レーアさん…

外林秀人さんインタビュー(3) -核をめぐる2つの場所-

外林秀人さんインタビュー(3) -核をめぐる2つの場所-

旧カイザー・ヴィルヘルム化学研究所の建物。当時のままの外観を保っている。 外林さんが長年勤めたマックス・プランク協会のフリッツ・ハーバー研究所は、奇しくも核をめぐるもう1 つの原点の場所と向かい合っていた。問われる政治家…

外林秀人さんインタビュー(2) -なぜ被爆体験を封印してきたか-

外林秀人さんインタビュー(2) -なぜ被爆体験を封印してきたか-

外林さんはヒロシマの被爆者である。16歳の時、広島高等師範学校の化学の授業中に爆風を受けた。爆心地から南にわずか1.7 キロの距離だった。奇跡的に生き延びたものの、原爆で母親、そして多くの親戚や知人を亡くしている。この体…

外林秀人さんインタビュー(1) -ベルリンほど原爆に安全な場所はなかった-

外林秀人さんインタビュー(1) -ベルリンほど原爆に安全な場所はなかった-

8月にインタビューをさせていただく機会のあったベルリン在住の科学者、外林秀人さんの記事が今週号のドイツニュースダイジェストに掲載されました。字数の関係で掲載できなかった部分も含め、これから3回に分けて再掲したいと思います…

佐渡裕さんに『素顔のベルリン』をご紹介いただきました

今日、佐渡裕さんのベルリン・フィルへのデビュー(来年5月)が正式に発表されましたね。2008年2月、「音楽の友」誌へのインタビューで佐渡さんにお話を伺った際、「これからは海外での活動の重点をドイツに移していきたい」とおっ…

マルティン・レーアさんインタビュー(2)

マルティン・レーアさんインタビュー(2)

国際通貨会議での一場面。ケーラー大統領夫妻のすぐ横で マルティン・レーアさんとのインタビューの後半をお送りします。 そもそも儀典(プロトコール)の規則というのはどのように決められたものなのでしょうか? もともとは中世の時…

マルティン・レーアさんインタビュー(1)

マルティン・レーアさんインタビュー(1)

Photo: Thilo Rückeis これから2回に分けて、私にとって7年来の知人であるマルティン・レーアさんとのインタビューをお送りします。レーアさんは、約10年間ドイツ連邦大統領府の儀典長を務められ、「日本」そし…

橋口譲二さんが案内するホテル・ボゴタ

橋口譲二さんが案内するホテル・ボゴタ

先日(昨年11月26日)、ベルリンの日独センターで写真家、橋口譲二さんの講演会が開かれました。1980年代から現在に至るまで、橋口さんが撮り続けてきた写真を紹介しながら、自身とベルリンの関わりについて語るという大変興味深…

ライプチヒ通りのメンデルスゾーン

ライプチヒ通りのメンデルスゾーン

前回「メンデルスゾーン・レミーゼ」をご紹介しましたが、作曲家のフェリックス・メンデルスゾーンが住んでいた家は、そこから少し離れた場所にありました。 それが、ポツダム広場からほど近い、ライプチヒ通り(Leipziger S…

メンデルスゾーン家を知るために

メンデルスゾーン家を知るために

今年は作曲家フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディ(1809-47)の生誕200年に当たります。ベルリンは、ライプツィヒと並んでメンデルスゾーン家にゆかりの深い街。今回は、金融から芸術まで、世界に大きな足跡を残した…

クロイツベルク回想録1988-89(5) - あれから20年 -

クロイツベルク回想録1988-89(5) – あれから20年 –

映画『クリスチーネ・F』(原題は『われら動物園駅の子どもたち』) 長野順二さんによる「クロイツベルク回想録1988-89」の最終回をお送りします。 <クリスチーネ・F> かなり冷え込んでいた秋の夜遅く、公園の脇を通りかか…

クロイツベルク回想録1988-89(4) - パンクたち -

クロイツベルク回想録1988-89(4) – パンクたち –

当時ベルリンで盛んに行われていた“空家不法占拠居住運動”のシンボルマーク。落書きの様にしてアパートの壁などにデカデカと描かれているのを所々で見かけた(長野順二さん所蔵の写真より) <パンク> クロイツベルクではパンクの若…

クロイツベルク回想録1988-89(3) -この街に生きる人々-

クロイツベルク回想録1988-89(3) -この街に生きる人々-

写真家ヴォルフガング・クローロフ(Foto: Jana Farley) 長野順二さんによる「クロイツベルク回想録1988-89」の第3回目は、写真家ヴォルフガング・クローロフを通じて出会ったクロイツベルクの人びとについて…

クロイツベルク回想録(2) -ウォルフガングとの出逢い-

クロイツベルク回想録(2) -ウォルフガングとの出逢い-

西側の壁際で無邪気に遊ぶ子供たち(長野順二さん所蔵の写真より) <クロイツベルクの第一印象> 晩秋というよりも冬のような、曇天の多い底冷えするベルリンは、繁華街でもどこか寒々しい白黒写真の様なモノトーンの街、それが第一印…